可愛くなりたいねぇ〜

可愛ければ

世界どこでも生きていける

そうなんだろうなぁ。

可愛さが人を呼び、運を呼び、ツキを呼ぶ。

 

どこへ行っても

安心感あるんだろうなぁ。

 

包んでやる抱擁力なんていらないねぇ。

 

カッコよさは孤高としているけど

可愛さは広く受け入れられるやさしさがある。

 

野に咲く花のように。

 

つよく

凛と

優しく。

 

 

 

 

内省

地方に来て、バカ騒ぎする友も少なくなったなぁとおもう。

 

バカ騒ぎしてた友も今はそれどころじゃないんだろうが。

 

でも、ふらっと気ままにしたり

内省するには丁度いいや と。

 

内省ってべつに人生のことや悩むとかじゃないよ。

 

もう少し自分の足元見つめてみようって。

 

そのことで人の心情がすこしずつわかるようになったかなぁって。

 

一昔前は、なぜあの人は怒るのか、ヤケな態度とるのかわからんかった。

 

でもそりゃ怒りたくなるよね。

冷たく当たることもあるよね。

 

人からみた自分は案外知らないもので

ぼくも案外冷たいみたい。

好きじゃないことには頑張らないのも皆知ってるみたい。

 

ほーなるほど、と。

 

あの人も、自分では気づいてないのかなぁ

 

怒りに怒りで対応するのは紳士でないので

(私としては紳士でありたい。周りからは自由人に見られているのかもしれないが)

やさしくお手を拝借するのである。

 

おねえさん、ありがとう。と

 

あと、「何を」ありがとう。なのかちゃんと言おうと思ってる。

 

連絡を?調整を?教えてくれて?お茶をいれてくれて?

 

「何を」というのは時にナンセンスなので、言わないが思うようにしてる。

 

なんか、ありがとう教みたいになったけど、

足元をみてて ふと思ったこと。

 

足元のアリをみて尊重し

大空を見上げてロマンを抱く。

 

まぁいいや

 

最強の許し文句だね。

 

 

文化

中国は歴史的に見て、世界統一できる力があったようだが、統一しようとしなかった。

漢民族というまったりした国民性もあるようだが)

 

では、なぜヨーロッパが世界を征服することができたのか。

マゼランにしろ、コロンブスにしろ、

世界に出ていったのか。

 

その疑問がここに明かされている。

非常に面白い見解。

戦争はヨーロッパの文化なのか。

http://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2016/10/29/143803

 

 

両者の違いは

「目を内に向けたか、外に向けたか」

 

アジアは安泰を求めた(単一民族だったため)

ヨーロッパは領土を求めた。(複数民族のため、権威も必要)

 

だから、国境という線を引きたがった。

 

勿論税金の使い道も異なる。

教育・福祉か、軍事か。

 

ここで言えるのは

文化というのは、土地、地形、歴史、によるということ。

 

日本は元来中国を見よう真似で、文化を吸収してきた。

だが開国後は、ヨーロッパの文化に染め上げていった。

 

戦争も競争も資本主義も、

ヨーロッパ文化。

 

つまり、世界標準と思っていることも

実はヨーロッパ文化の醸成されたレール上にすぎないというものもある。

 

だから、問い直してみるべき。

何が価値なのか、日本人としてどう判断すべきなのか。

でないと、それに答えられない。

 

だから、自国を知る必要がある。

 

それは足元にあるのかもしれない。

 

 

私たちは自らで感じ考えなければいけない。

 

 

 

こども

こどもとは無垢。

 

なんにもついてない。

 

毎日が新しい。輝いている。

 

小さなからだで精一杯表現してる。

 

おとなって何のため?

 

こどものため。

 

いつしか、こどものこと、家族のことしか考えなくなるんだろうな。

 

おとなって寂しい。

 

学校という和気藹々とした空間からすっと卒業してしまい、

社会にはいると忽然とひとりの時間ばかりになる。

 

もしかすると、おとなはこどもより社会が小さいのかも。

人間関係が固定されてないってのがいいね。

 

そういうぼくは、

家族ができたらそそくさと帰りそう。

 

こう見えて、人を喜ばすのは好き。

 

あんまり大人数はニガテだけど。

 

 

 

こどもから学ぶことは多い。

 

なにも武器なんてなくても、楽しめるんだって。すっぱだかでプールにとびこむように。

 

先生っていいなぁ。

 

小さいこどもだけじゃなくても、思春期真っ盛りの中学生、部活を頑張る高校生、遊びに工夫する大学生。

みていると、こっちもぽっと火が灯る。

 

年が下って

ショウにあってるのかね。

 

純粋に可愛いし、何か支えてあげたくなるし、そのために素直に頑張ろうと思えるし。

 

いいねぇ。

 

年をとるってわるくないね。

 

キライなもの スキなもの

媚びへつらうもの。

努力を強いるもの

自分語り

雑音

話が長いこと

 

 

昔なら理不尽なことには、当たり散らしていたけど、

今は「キライ」なものにエネルギーを注ぐのが勿体無い。

 

 

ふーん、がんばってるねぇ。

 

くらいの。

 

 

 

「お前は組織で生きている自覚がない」

 

とか言われたけど、

 

組織のために生きる気なんて毛頭ないので。

 

もちろん、人と良い関係を築きたいし、別に仕事を放り出す様な無責任じゃないし、いい仕事はしたいと思っていますよ。

 

でも、

ただそれだけ

組織のために、

 

というのは

ぼくはちがうと思ったのです。

 

それが目的になると

人間、悪知恵が働く様になる。

それが当たり前になる。

その光景が滑稽だなって。

 

一部、「組織のため」っていうのが目的があるようでとても曖昧な宗教色がしたのがちがうなぁと思っただけです。

 

で、

 

もし

 

その組織を離れても、

 

ずっとやり続けてること。

 

例えば、車が好きなら、休日を惜しんでも、ずっといじってる。

教えることが好きで、子どもたちを連れていつもどこかへ行っている。

サプライズがすきで、いつも何か企ててるひと。

 

とか。

 

それが本当の天職なんじゃないかなぁ。

 

ぼくもそうありたい。

 

好きな人やものにちゃんと力を注ぎたい。

 

自分のために、家族のために、目の前の人のために。

 

 

不器用だけど、好きなものにはセンサーを張っていきたいねぇ。

 

「お前はどうありたい?」

と問われたとき、

上司に面と向かって

「年をとってもおもしろい人でありたいです。」

と言えたのは大きな収穫でした。

 

会社の上司に使う言葉ではないと思いましたが。

 

 

ちょっぴり上司も腑に落ちてたので

心のなかで優しくガッツポーズしました。

 

 

怖い人も、ただ強がってるだけなので

少し守備範囲を広げてやるといいですよ。

 

お子さんの話とか

小さい頃の夢の話とか

オススメです。

 

 

ていう、平日の飲み会後。