より困難な道を行け

今までに自分が出会ったことのない

新しいもの。

 

その中に自分の価値を見出せる。

生きている実感をもつために。

 

探さないと

求めないと

見つからない。

 

今目の前にあるものを一生懸命に向き合う。

中途半端からは自信は生まれない。

 

やるなら突き詰めるところまでやる。

 

認められるとか評価されるとか

そんなこと以前に

自分が納得できて

心から楽しめてないと意味ないじゃん。

 

正直今全然ラクじゃないけど

でもあの時の判断は正しかった。

 

選んだ道を、後ろめたくやり直すのも性じゃない。

誰も認めてくれないなら

自分が認められるまでやろう。

 

この自分ならOKだって。

 

その時に初めて人を許せるんだよね。

 

もっと外を見てみたい。

そこにいる人がどんな世界を見てるのかって

知るだけでもワクワクするじゃない。

たった一つの世界だけど

みる世界は無限にあるんだって。

 

 

バックパッカーとして歩いた日々が

礎としてあるのが、誇らしい。

 

 

旅の前々夜にて。

 

 

大事なもの1:それ以外4

自分が向き合いたいもの1

そうでない4

 

能動的:受動的

 

何かを大事にしたいものの為には、下らないことも必要。

仕事も1のために、日々やってるようなもの。

 

下らない話ができる友

というのも、向き合いたいものへのエネルギーになるんだよね。

 

向き合いすぎるのもクナンよ。

 

⬇︎イトイさんのことば。

「あんまりたいしたことないDVDと、 これは絶対に観なきゃと思ったDVDがあった場合、 疲れているときには、ほぼ絶対に、 たいしたことないと思ったほうを観ることになる。 この法則は、なにかとても大事なことを 教えてくれているのではないかと思う」

めも

人間関係の質はまわり、まわる。

 

脳みそをギュッとつかう訓練。

 

仕事は授業と一緒

 

知性、感性の質は

合う合わないに関係する。

 

だからといって遠ざけない

それを近づけようとするのも

度量のひとつ。

訓練

 

立ちどまりしすぎない

もの思いにふける

味のある人間に。

ジムめも

ヨーガ

体幹トレーニング?

疲れ切った後の、リラックスは最高。

溶ける感覚。

正直キツくて

女性を見る余裕なかった。。

 

浜松きて

車ばかり。

体がなまってる。

身体的に「疲れた」がほぼ無くなってしまった。

 

プール

全身のしなり

体幹で支える

大きく漕ぐ

小さくフォーム

 

 

プールして、ヨーガして、ラーメン。最高。

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2年目のジンクス

物事は大抵3年周期で、回ってきてたぼくら。

 

1年目は全てが新鮮でやる気に満ち溢れている。

3年目は最年長として責任を持ち、悔いのないようやりきる。

 

ところが2年目。

 

慣れも生じ、まだ上もいる中で下も入ってくる。

中途半端な立ち位置。

 

そう、2年目こそ

中だるみし、ジンクスを抱える。

それは当然でも必然でもある。

 

随分慣れた。

ダルなぁ〜〜

と思いながらもチャチャッとやれば簡単にできる。それなりの地位も持ててきた。

 

ただ、自分の場合、

実感がほとんど持てていない。

あくまでも裏方なのである。

文系卒なら誰しもが抱える悩みかもしれないが、予想していた以上に予想通りだ。

 

我々は何もモノを触れられない。口では言えど、力はない。別にキライではないが、連絡と調整役という、なんともモヤっとした、空気のような。

暖簾に手を押すような。

 

現場の人の姿を見たり、話を聞くことで

「想像」の上では世界はイメージつくようにはなってきた。

 

ただ触感がない。

 

五感に奮い立たせない。

 

そういう人たちを見るとますますそちらの世界へ行きたくなる。

 

別に仕事だけでなく、休日はおもむろにそう活動している。

ただ力が余っているのだ。

 

一人の職人として。

 

 

どうも実感が薄い。

 

話だけで話が進むというのも、不思議で仕方ない。

 

国家は官僚の飲み会で左右すると言うが、

実際には、国境なき医師団がいて、自衛隊がいて、食を作る農家がいて、子を育てる親と教師がいる。

 

まだその境地には立ててない。

 

 

どうすりゃいいか。

 

無理するのは苦手だ。

 

だから

 

無理に環境を変えることはなく

今の立場をうまくフォルムチェンジしたい。

 

"自分に何ができるのか"

 

心と身体を使った営みを、試みんとば。